創立30周年記念式典

河北中学校は今年で創立30周年を迎えることとなり、その記念式典が10月25日に行われました。田宮町長様はじめ、歴代校長先生など多数のご来賓をお迎えし、厳粛な雰囲気の中で式典が進みました。記念講演では、河北町出身で漫画家としてご活躍されているごとう和さんをお招きし、「地球は夢の実験バ!! ~ピンチの時ほど面白い!?」という演題でご講演を頂きました。その後、生徒の企画運営による記念行事が行われ、創立から現在に至るまでの河北中学校の軌跡をスライドを使って振り返りました。
■記念講演 講師:ごとう和さん 演題:「地球は夢の実験バ!! ~ピンチの時ほど面白い!?」
ごとう和さんは、河北町西里地区出身で、漫画家としてご活躍されています。アシスタント時代を含め、漫画家としてデビューされるまでのエピソードや、困難に直面したときの乗り越え方など、大変バイタリティ溢れるお話をして頂きました。
《講話をお聞きして 3年女子》
ごとう和さんの講話をお聞きし、尊敬することがたくさんありました。それは、和さんは、何にでもチャレンジする心と、大好きなことに熱中できる心を持っているということです。私にはまだはっきりとした夢がないけれど、夢に向かって突き進むことの大切さを学んで、まずは、今、目の前にあるやるべき事に集中しようと思いました。そのやるべき事とは、今の私にとって受験勉強を指すので、しっかりと取り組み、時間をかけて自分の夢を見つけていきたいと思います。
■30周年記念行事「河北中30年のあゆみ」

生徒の企画、運営による30周年記念行事の様子です。コンピュータで編集したスライドとナレーションで「河北中学校の30年のあゆみ」を振り返りました。
■30周年記念行事ナレーション <一部抜粋>
※当時、河北中に勤務されていた先生方へのインタビューや、「文集河北」をもとに構成しました。

「昭和54年4月6日、前日まで遠慮がちだった太陽が、この日を待ちかねていたように、朝から明るい光を放っている。真新しい体育館の窓から差し込む光で、開式を待つ人々の顔も輝いている。午前10時ちょうど、河北中学校の限りない前進を期して、その歴史的な開幕を告げる式典が始まった。
式典は約1時間、厳粛さと力に満ちていた。西里、溝延、谷地、北谷地の4地区を合わせて860名の生徒が顔を揃えたのは、この時が最初であったが、誰一人身じろぎもせず、じっとステージの上に目をすえていた。」
こうして、私達の母校、河北中学校がスタートしました。それから30年、先輩方の数々の輝かしい活躍で河北中学校の伝統が築かれ、今の私達があります。
これから、創立30周年を記念し、30年間の河北中学校の歩みを振り返ります。


昭和30年代、生徒数の増加に伴って校舎の問題が持ち上がり、当時、河北町内にあった西里、溝延、谷地、北谷地の4つの中学校を統合しようということになりました。統合に向けた準備が始まったのは昭和43年でしたが、当初は町内に2校つくるという案もあり、議論を重ねた結果、4校を1校に統合する計画がまとめられました。次に、問題になったのが校舎をどこに建てるのかということでした。やはり町の中央部に建設するのが望ましいだろうという考えがある一方、そのためには価値の高い美田をつぶさなければならず、一時は沢畑地区の山際、または最上川沿いの平地も候補地として話題になりました。しかし、町の将来、子供達の将来が第一ということから、土地の所有者の方の協力を得て、この地に建てられることになりました。

県内随一といわれる6万平方メートルの広大な土地に、当時もっとも先端を行く校舎の建設が始まったのが昭和51年9月のことでした。土地代を含めると、総費用は実に13億円かかりました。
校歌は、作詞を河北町在住で郷土史研究家の今田信一さんに、作曲を山形大学の作曲主任である斎藤鉉吉さんに依頼しました。今田さんは作詞に当たり、「豊かな自然の中で、河北町の未来に向け、意気と力の限り、生徒と教師が一体となって人生の真理の追究にたくましくあれという願いを込め、さらには、おおらかに平和な文化理想を掲げて前進をすることを望んで」詩を書かれたと話されています。
また、作曲者の斎藤さんは、「歌詞に込められた豊かなふくよかさや、作詞者の要望であったベートーベンのような荘重さやおおらかさを出来るだけ表現するように努め、現代の若者にも愛唱されるように、リズムに変化を持たせ、最後の『河北中学校』の部分に山をおいた」と話されています。こうして完成した校歌は、4つの中学校の生徒代表だけでなく、各小中学校の音楽の先生方も谷地中学校の音楽室に集まり、何度も練習会が行われました。
そして迎えた昭和54年4月6日、待望の開校式がここ体育館で行われました。実に十数年の準備を経て河北中が誕生したことになります。
当時は河北中に先駈けて統合された中学校が周辺にもいくつかありましたが、他校の例を見ると、開校時は生徒の気持ちがバラバラで、統合前に比べると、学習、部活動の両面で成績がふるわなくなるというのが一般的でした。

しかし、私達の先輩方は違いました。それぞれの中学校から「河北中学校の土台を自分たちの手で築く」という高い意識を持って集い、学習や部活動、そして、生徒会活動等、全ての面でめざましい活躍を見せ、河北中の名を県下に広めてくださいました。また、1期生の高校進学率も統合前よりも上回る成績を残し、統合前に色々と心配されていた不安を見事払拭し、町民の期待に応えることが出来ました。
初代生徒会長の関さんは、文集にこう記しています。
「生徒数860名という大人数で発足した河北中学校生徒会。この最初の年度の生徒会を私達は『わたくしたちの手で、新しい校風と伝統を!』という大目標を立て、未来永劫へと続く河北中生徒会の土台作りをしてきました。河北町内の4つの中学校が統合し発足した河北中学校、この新生河北中の毎日毎日が校風をつくることになり、伝統を生み出すことになっているのです。この1年間で私達の手で立派な土台をつくっていこうというのが、この大目標を立てた理由でした。」

それからの数年間は正に順風満帆で、年を経る毎に運動、文化、学習の全ての面で前年度の活躍を上回る成績を残しました。開校1年目は校風と伝統の土台を築くこと、2年目はその土台を受け継ぎ、3年目は確立し、4年目は新たな伝統を作っていくことを生徒会目標に掲げ、その目標通り、確実に学校としての成長を遂げてきました。そして、5年目、生徒会執行部の自主的、かつ独創的な発案で河北中生のあるべき姿をうたった『河北中学校生徒会憲章』が提案され、その年の生徒総会での制定が決議されました。
≪生徒会憲章≫
本文 私達は、河北中生徒であることを自覚し、1人1人が十分に力を発揮できる、また、希望を持って生活できる中学校を築き上げるため、この憲章を実行することを誓います。
一、目標を達成するために精一杯鍛錬し、自分の持っている力を十分に発揮します。
一、常に他人の身になって考えます。
一、真実を求め、暴力・差別をなくします。
一、不屈の精神を持ち、文武両道に励みます。
一、先輩の功績を守り伝えると共に、先輩のできなかったことをやり遂げます。
河北中の教育目標である「創造」、「克己」、「協調」の精神、そして伝統を確立すること、それを継承していくことを謳った素晴らしい生徒会憲章です。未来永劫、受け継がれるべきこの憲章が、いつのまにか忘れられ、その存在すら知られなくなってしまったことはたいへん残念なことです。今こそ、もう一度先輩方がつくってくださったこの生徒会憲章の精神を受け継ぎ、そして、後輩達に伝えていくのが私達の義務ではないでしょうか。
しかし、順風満帆だった河北中も、このころから暗い影を落とすことになります。1980年代は全国的に「いじめ」や「校内暴力」、「家庭内暴力」などの非行の嵐が吹き荒れましたが、この河北中も例外ではありませんでした。いじめ、万引き、器物破損、バイクの無免許運転などの問題が相次ぎ、ついには荒れる中学校として新聞やテレビに大きく報道されてしまいました。そして、報道されるやいなや、これまでの評価が一転、誹謗中傷や学校批判が毎日のように寄せられる日々が続いたのです。

しかし、そんな状況の中でも先輩方は決して負けることはありませんでした。翌年の生徒会では学校の建て直しをテーマに、「緊急学校建て直し案」を小刻みに打ち立てたところ、少しずつ、そして確実に成果が現れ始めました。特に、運動会、文化祭の2大行事の成功は「荒れる学校」というイメージを完全に払拭することができました。当時の校長先生であった中澤先生はその時の様子を「まさに大雨がやんで洪水がどんどん引ける時のようであった」と日記に記されています。こうして、河北中学校は見事に再生を果たすことが出来たのです。
そして、ここから大きく躍進していくことになります。
昭和から平成に変わった創立11年目。この年の河北中を語る上で忘れてはいけないのは茂木麻子さんの活躍です。茂木さんは陸上競技の全国大会で200M優勝、しかも新記録での優勝という大偉業を成し遂げました。まさに河北中の名を全国に轟かせた瞬間でした。また、その後の「はまなす」国体でも100Mで日本一に輝いています。この茂木さんの活躍により学校全体が活気づきました。この年、「新しい伝統を築く」ことを生徒会目標に掲げ、さまざまな面でそれまでの取り組みが見直されました。


特に体育祭では、それまで紅白の2軍対抗であったものが、この年から今の紅軍、白軍、青軍の3軍対抗になりました。また、「文化祭」という呼び名を、今の「河北中祭」という呼び名に変えたのもこの年からでした。

平成に入ってからは生徒数も900名を超え、河北中の歴史の中でもっとも生徒数の多い時代でした。このころの河北中はエネルギーに満ちあふれ、学校生活全般にわたって前向きになっていました。特に部活動では、所属する自分たちの部に誇りを持ち、顧問の先生方が練習につけないときでも、自分たちでメニューを考え、しっかりと練習できていたということです。そして、このころから部活動でめざましい活躍を見せることになります。
部活動の活躍について、創立14年目の文集にこう記されています。
「6月、地区中学校総体が開かれました。男女合わせて15種目に出場し、どの会場でも白熱した激戦を展開、卓球男女、柔道が新生河北中発足以来14連勝、女子バレーボールが統合以来初優勝を成し遂げるなど、輝かしい成績をおさめました。
また、陸上競技・水泳競技においても男女揃って優勝し、昨年までの伝統を更に大きいものにしてくれました。
7月の県大会には10種目に98名をエントリー、卓球男女優勝、柔道男子優勝、女子準優勝など3本の優勝旗を手にすることが出来ました。8月上旬、柔道男子・卓球男女が東北大会へ出場し、柔道が初優勝、山形県にとっても初優勝を獲得しました。卓球男子も優勝し全国大会へ駒を進め、並みいる強豪校を苦戦の末に破り、準々決勝では宿敵高知県明徳義塾中を3対2でくだし、全国第3位という輝かしい入賞を果たし、新しい伝統を築きました。」

そして、創立15年目の地区中学校総体。団体では野球、バスケ女子、バレー男子、バレー女子、卓球男子、卓球女子、ソフトボール、サッカー、柔道男子、柔道女子、水泳女子、駅伝の12種目で優勝。県大会でも野球、ソフトボール、柔道男女、卓球男女の6種目が優勝という、過去例のない成績を残し、県内では強豪河北中の名を決定づけました。その勢いはとどまることなく、その後も運動、文化の両面で目覚ましい活躍をし続けました。
創立17年目、この年の卒業生に、スポーツ選手として世界で活躍する先輩方がいます。一人は竹屋美紀子さんです。みなさんご存じの通り、竹屋さんは先日行われた北京オリンピックで、日本代表としてカヌー競技に参加し、日本勢初となる2種目での入賞という快挙を成し遂げました。オリンピックという大舞台での活躍は、後輩である私達に大きな勇気を与えてくれました。もう一人は、奥山譲さんです。奥山さんは高校卒業後単身でドイツに渡り、サッカーのプロテストを受けました。そして、その実力が認められ、ドイツのプロチームに入団することになりました。海外でプロ選手になるという大きな夢を実現させ、現在ドイツで活躍されています。地元では「ユズ」というニックネームで地元のファンにたいへん愛されているということです。
創立20周年を迎えた平成10年、この年は受け継がれてきた伝統を見つめ直し、また新たな伝統を築き上げていった年です。この頃の河北中はズボンをわざと下げて履く様子が目立つなど、生活の面ではあまり安定してはいませんでした。しかし、クラスごとの団結力が強く、エネルギーがありました。

この頃の体育祭では1、2組は白軍、3、4組は青軍というようにクラスで軍を編制することが可能であり、競技はすべて団体種目のみであったため、クラスの勢いが体育祭に出るようになっていました。

また、河北中祭では現在のような全校制作はなく、クラスごとに自分たちのクラスで歌う合唱曲を題材にした貼り絵「学級制作」をつくっていました。これらの活動もクラスの団結をより高めていく要因であったようです。全校生の団結力を高めていくことが次の課題であったといえます。
そして22年目には、河北中に新しい部活動が誕生しました。全国にその名をとどろかせるカヌー部です。

平成14年の生徒会スローガンは「新生河北中」。そしてこれがこの年のキーワードでした。みんなが心の底から楽しいと思えるような学校にしよう、そのような思いのもとでさまざまな活動が行われました。全校生の団結力を高めるために、みんなでひとつのものを創り上げよう、そんな思いから誕生したのが現在も行われている「全校制作」、そして「全校合唱」なのです。


部活動でも華々しい活躍が目立ちました。野球、カヌー、女子卓球部が全国大会に出場し、野球部は全国3位、カヌー部は4種目で優勝と河北中旋風を巻き起こしました。
その目標を引き継いだのが25年目の生徒会でした。現在の河北中生徒会にも脈々と息づいている「当たり前のことを当たり前に」という言葉が飛び交うようになったのもこの頃からです。

そして、2、3年生はきっと覚えていることでしょう。昨年は「心の架け橋キャンペーン」が行われました。これは全校生でいじめについて考える取り組みで、いじめについての体験や考えをたくさんの生徒が全校生の前で話しました。自分からこのような発言をすることはとても勇気の要ることですが、生徒会長をはじめまわりのみんなの温かいまなざしの中、たくさんの素晴らしい意見が出されました。近年、いじめは社会問題に発展するほど深刻な問題になっています。そんな中でこのような活動ができたことはとても素晴らしいことでした。これこそがまさに現在の河北中を物語っているのではないでしょうか。
ここまで、河北中学校が創立してからの30年間を振り返ってきました。しかし、今まで紹介してきたのは、30年間という長い年月のうちの、ほんの一部分に過ぎません。忘れてならないのは、ここに紹介できなかった、私たちの知らない先輩方が、私たちの知らない努力を積み重ねて今の河北中学校があるのだということです。学習に集中できる環境や、一生懸命に部活動に打ち込める体制、そして何より明るく楽しい学校生活を送ることができるということ…。8000人を越える先輩達にそれらを創り上げてきていただいたということです。
いま、河北中学校の生徒である私たちは、そのことに感謝するとともに、先輩方が創り上げてきた伝統に新しいページを書き加え、後輩たちによりよいものを伝えていかなければならないのだと思います。
それが、河北中学校を巣立ってそれぞれの地で活躍している先輩たちや、町に住む全ての人たちの夢であり、そして私たちの使命なのではないでしょうか。
<制作:30周年記念行事実行委員会>








